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人間だから落ちるのであり、生きているから落ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ち抜くことはできないだろう。ーそれゆえ愚かなものであるが、堕ち抜くためには弱すぎる。




堕ちて行く感覚を覚えるときはある。恐らく全てのものが感じる感覚であろうが、確かに堕ちきった人は見た事がない。むしろ底をどことするのか。例えば自殺という道を選んだとて、それは底ではなく堕ちて行く沼の抜け道でしかなく、終わりではない。


死は生に対して垂直に立っている。


その言葉をありありと感じる話である。あながち生の対義語は死ではない。また死の対義語も生でない。


堕ちきった場所に自分を見出すとして、何があるのだろうか。