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21540

題名が面倒くさくなって残りの人生日数にする事にした。

 

今日は風が強くて寒かった。何も考える事のない一日だった気がする。や、少しだけ体調が良くなってきた気がする。

久し振りに晴れた日に外にでると、日光で頭がクラクラする気がする。

 

でも寒いから水泳にもランニングもせず、火曜市で食材を買って自宅で筋トレした。それからSAVASを飲んだ。でもそのあとにめっちゃ食った。お腹がすいて仕方がない。

 

3年前は体力もあったし食事も1食で住んでた。睡眠時間も短かった。見えるものすべてがキラキラしてた。新しく知ることが新鮮で楽しかった。

 

こんな大人にはなりたくない、その一つに向上心のない大人だ。元より人よりも向上心が多い方ではあった。しかし、3年前の私が今の私を見たら嫌うだろうと思う。

 

からい袋麺を食べてむせた。そしたら異常に気持ち悪くなってきた。書く事もないから今日は終わり。

感覚的に言うと雨は好きだ。

 

空気が柔らかくて温もりがある。空を近くに感じる。室内にこもるとむしろ湿気が溜まる気がするから窓を開けたくなる。散歩したくなる。雨の音が心地いい。

 

物理的に言うと嫌いだ。ピストバイクを愛用しているのだが、乗ることができない。ランニングが好きだが走れない。水泳が好きだがピストバイクに乗れないから、市民プールまで行けない。仕事に行くにも電車に乗らなければならない。気圧が低くなるから体調がすぐれない。そして、濡れる。

 

最近太ったから本気で引き締めようと思う。SAVASのウエイトダウンを購入。前に使用したときに効果があった。痩せることより体力がついた。運動した結果が身にしみて感じた。自律神経失調症の傾向が出ているから、体力をつけて体調を整えようと思う。

 

 

それから、死を実感する為にiPhoneでカウントダウンを始めた。

www.tahquam.com

こちらのappを使用。iPhoneウィジェットにも表示がされるからとても便利だ。余分な機能がついてなくていい。

 

祖父の歳まで生きたいと前回の記事で書いた。享年の時の歳の差は59歳。2076年2月13日に私は死ぬ事にした。それ以上生きたいとも思わないし、それより前に死にたくもない。

 

残り21541日。

 

単位を円にしたらSAVAS4つ分くらいでなくなっちゃうなって思った。私の人生の価値はいくらだろう。日にもよるが、今11,000~15,000円稼いでいる。間をとって13,000円とする。そしたら死ぬまで2億8千3万3千円稼げる。実質は遥かに少なくなるが。私は2億8千3万3千円で購入出来る事になる。

 

 

ノルウェイの森を久し振りに思い出した。映画も小説にも浸った。日本映画だが監督はトラン・アン・ユンというベトナム生まれのフランス育ちだ。フランス映画も文学も好きだ。おしゃれではあるが陰が多い印象はある。言葉数が少なく空気感で伝える。日本映画にはない独特の「間」のある映画である。

 

ラストシーンで「キズキはの17ままだし直子は21のままだ」そんな言葉がある。

 

死んだら時は止まる。進む事はない。肉体は腐るのみだ。魂はどこへ行くのだろう。

私がカウントダウンを始めた残り21541日という日数は経過である。生きた日々は増えていくが比例して生きれる日々も減る。ゲームと同じHPみたいなもの。だけど違う部分はどうしたって増やす事が出来ない事だ。減る一方である。それをどう捉えるか。

 

少し疲れた。カウントダウンに関する思考は停止する。

 

 

 

 

 

 

もう前回から1年以上たっていた。

 

 

気付けば20歳になった。私は1年前から何も変わっていない。むしろ後退している気がする。私自身は。

ただ私を取り巻く環境は変わった。愛してくれる人が増えた。一緒に笑える人ができた。ずっと欲しかったものは友人だった。そういう意味では今、満たされている。

 

誰にでも理想郷がある。理想は他者であったり物質であったり哲学であったり、何か。その理想に辿り着けないから人は劣等感や焦りに苛まれる。

きっと多くはその理想郷は、更新されていく。去年と今年、昨日と今日が異なるように。前進してたり後退してたりする。

 

愛してくれる人が多くいる。その事実が恐らく私を今後も救っていくし、堕落もさせるだろう。踏み躙らなければならないのが愛してくれる人で、手を伸ばしてくれるのも愛してくれる人だ。

陰翳礼讃とは谷崎潤一郎の日本の美を謳った作品だ。どこか暗い影がある。しかしその影に美しさが秘められていると言う。

 

私は今後どのようになっても生きたいと今、思っている。誰かの為であり自分の為だ。

祖父が先日亡くなった。誰よりも尊敬している人だった。もし同じ年で亡くなるならば、58年後だ。森博嗣の作品にこんな言葉がある。「約二万日の人生の記述なんてCD一枚をいっぱいにすることさえできない」

二万日って大体、54年だ。もし祖父の歳まで生きる事を目標にするならば、CD一枚をいっぱいにする事くらいはできるだろうか。

 

人生という物語の上で、欠落した部分を作りたくない。しかしこの4年間、きっと一番色濃い時期を無駄にした。他者から見れば私は多くの事を知っているようだが、私は役者なだけだ。

物語の舞台で、虚像を作って役を演じている。

 

失われた4年間を取り戻して20代を輝かせたい。他者からなんと言われようときっと笑いたい。誰かと決める必要はない。最期は独りかもしれない。それでも私が決めた死の定義の中で、生を全うしたいと思った。

 

誰にも知られなくていい。ただ、祖父が亡くなった日は祖母の命日であった。祖母が残した言葉に「おばあちゃんのように幸せな人生を送ってください」そう書いてあった。その言葉によってガンで苦しんで亡くなったと思われた祖母の最期は輝きを持つ。彼女の人生に花が舞う。

 

だから記す。そして死のために生を全うしたい。

 

きっと1週間後に私は泣いている。

部屋の隅のアイツ

1週間ほど前まで車校の合宿に行っておりまして。

 

地元から離れた場所でなかなか楽しい日々を過ごしておりました。しかし帰りの新幹線で寝過ごして100キロ以上離れた土地の大阪に降り立ち、終電を逃した私。

 

つらい気持ちで大阪で一泊し、帰ってきて早々馬鹿でかいキャリーケース持ったまま県の免許センターで本免の学科試験を受けてまいりました。

 

結果、10代して腰を痛める。

 

それからはや1週間。未だ腰は痛い。

 

 

そして実家に帰ってきたら何故か私の卓上に仏の絵が置かれておりました。

 

母に問う。これは何かと。

 

「ae__bの部屋の写真を撮ろうとしたら白いのがたくさん写って撮れなくなって、これは何かいる!!と思ってそれ置いて線香炊いたら何か居なくなった気がしてさ!」

 

なんと。

 

私がいない間に私の部屋に何かがすみついたのかもしれない。

 

最近、私は腰ばかりか全身が痛い。

謎の重みがあり、元来ショートスリーパーなはずの私が8時間近く眠っている。

 

疲れのせいかと思い、風呂に2時間ほど浸かっていた。そしたら気分がスッキリした。

 

しかし部屋に入るとのしかかる様な頭痛が、、、、!!!

 

 

とりあえず部屋の扉という扉を開け放ち、社会という外界に足を踏み入れ、

 

 

引きこもりから脱出した。

 

 

私に取り付いていたのはパソコンという電子機器であった。

 

 

 

 

行き先不明

突然ですが初めて始めてしまいました。


ちょいと面白いブログを発見して感化されて始めたよね、えぇ。はてなブログで今話題の方です。彼のブログを読んで始める…というミーハーな方がこの世に多くいるであろう事を考えると、ミーハーな流行に乗るよりは廃れた頃に乗るくらいの方が逆に目立って話題になれるのではと思いつつ、


話題になれるネタがないのに唐突に始めてしまってしようがなく書いてる感は否めないです。



自己紹介として、

10代

女性




まず絞れるのは小学生か中学生か高校生か大学生1,2回生かフリーターかですね。


小学生、中学生ならばロリコンなイケメンお兄さんが、高校生ならば色気のある40代福山雅治的男児が。


とりあえず10代女性ってブランドですよね。というか女子。若さに満ち溢れてる。年齢を発するだけで道行くお兄さんおじさんは振り向く。そんなイメージがありますが、最近腰を痛めました。動きは40代未婚OL。つらい。


まぁ既に10代といっても消えかけの蝋燭の灯レベルなんですが。つまり残り物の大学生です。



今まで流行に遅れに遅れ、いまだにあや○んジャパンやらオッ○ッピーと発している私が初めて流行に乗ったはてなブログ


使い方もはてな。広め方もはてな。ネタはない。


それでも自分のしがない人生を少しでも明るいものに出来ればと手を出した。出してしまった。


確実に流行という波に押し潰されるフラグしかない。やり方も分からない。


行き先不明。最近車校行って免許を取得した。標識ならば分かる。


誰か提示をしてくれ。