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21447

昔の夢を見た。



前に見た、同じ夢を何回も見る。意識しても思い出す事のない友人が居て私に問う。

あなたはいつまでも変わらないね。

恐らく自身が感じている事であって離れていく同年代や、歳下だったのに歳上になって行くのに進む事が出来ない自分に自己嫌悪して夢を見る。



そう言う日は決まって一日中最悪な気分である。どうしようも出来ない胃の痛みを感じる。



誰かの温もりで盲目になって行くけれど、きっと利用しているだけで本当に見つめた時にはもう目の前には居なくなっている。


だから何も手元に残らない。


私でないといけない理由が欲しい。だけど私自身で感じる様に今の私には、私である理由がない。それは他人も同じ様に感じていて、近寄れば近寄るほど離れていく。



飲酒をして眠れるかと思っていたけど、逆に頭が冴えて明け方に怠い気分になって眠くなるのだろう。


今のままでいくと明日の気分も最悪。



いっそ割り切って進捗が生めれば明日の朝は中途半端に明るくなれるだろうが、中途半端に飲酒をしたせいで体力が少ない。


覚悟がないから誰かを傷つけるし自分自身も傷つけて幻滅するのだ。



生きるのに何度も覚悟が必要になる。目を背けたくなる事に向き合わなければならない。それは事実も他人も自分自身も。


笑える日も認められる日も受け入れられる日も、来るのを待つのではなく作り出そう。




酒飲んで徹夜は本当に馬鹿だけど久しぶりに徹夜でもしてやろうか。

21455

久し振りに日記を書く。きっと久し振りに楽しかったから。


異空間だった。きっと変わった子あります、みたいにどこにあるか分からなくてでもそこに確かにあって形として感じられる空間。
来るたび来るたびに新鮮な場所になるか、もしくは懐かしいから新鮮なのか。

そこにいた人が彼女だったから。23年そこにあったのに今日で、あの瞬間だったから楽しかった。

気持ちいい飲みをした。酔っていない。感覚がハッキリしていて此処にいると分かる。だけど楽しくて、お酒ってこんなに楽しいのだと思い出した。

いつか馴染みに変わっていつか離れていくかも知れないけれど、その時に出会えて笑えた瞬間が何よりの思い出になった。彼女のその時の笑顔を撮っておけばよかったかもしれない。

知らない人と出会って名前を交わして言葉を紡ぐ。


手にしたいものを思い出して、また離れようと思った。


21462

どんな形で、いつになるかは分からないけれど、終わりが来る事は分かっている。



楽しい事も苦しい事も、"仲間"と呼べるようなものも近くにいる事も毎日会える事も、笑える事も、自分自身でさえも。



側にいて笑い合えて居心地が良くて。そんな場所から離れてまた新たな場所へ行く。出逢いは移り変わって時は過ぎ去って想い出だけ残して。


出逢いの味を知ると触れたくなるし、別れの味を知ると出逢いの味が苦くなる事がある。


それでも人は何かを求めて、笑える場所を探す。



"僕があの花を所有すると言う事は、水を与え周りを綺麗にし愛を与える事"




雨上がりの朝のランニングは柔らかく冷たかった。

4/26

初めて貰った手紙を読んだ。


この頃に比べると形も想いも変わって、変わり得ないものなどこの世にないのだと実感する。誰よりも知った気でいて誰よりも知らなかった。気付けばすれ違ってて、たぶん知っていた事実と初めて辻褄があった。


時計の音と鯉の音がする。また、片想いなんて淡い恋が出来るだろうか。


思い切ってピアスを開けてみようかと思ったけど開けられなかった。久しぶりに漂流郵便局に手紙を出そうと思ったけど書けなかった。


決意って惨めなものである。だけど、物語の一部になる。



この世で1番、愛していたと誓おう。



いずれ懐かしい過去に変わる。その時は誰かの隣にいるだろうか。

21476

人間だから落ちるのであり、生きているから落ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ち抜くことはできないだろう。ーそれゆえ愚かなものであるが、堕ち抜くためには弱すぎる。




堕ちて行く感覚を覚えるときはある。恐らく全てのものが感じる感覚であろうが、確かに堕ちきった人は見た事がない。むしろ底をどことするのか。例えば自殺という道を選んだとて、それは底ではなく堕ちて行く沼の抜け道でしかなく、終わりではない。


死は生に対して垂直に立っている。


その言葉をありありと感じる話である。あながち生の対義語は死ではない。また死の対義語も生でない。


堕ちきった場所に自分を見出すとして、何があるのだろうか。


21481

過去の記憶は良くも悪くも淘汰されて鮮明に残る。



もう思い出せない言葉もあれば思い出せる言葉もあって、想いはきっとふと香りを感じた時に思い出すけれど段々と薄れていく。


体に力が入らない。全ての痛みが腹部に集中してるような気がする。捨てる事は簡単かもしれないけれど、記憶が多ければ多いほど丁重に捨てたくなる。


結果は同じだとしても。



今後関わらなければならない訳でもないし、関わろうと思ってすらいない。それなのに、記憶が邪魔をして、もちろん愛は無いけど嫌いにもなれず好きにもなれない。関わりたく無い訳でも関わりたい訳でも無い。


ただ、解放されたい。



酷く自己中心的な感情だ。閉じられたエレベーターがいつまでも開かなければ良い。それが誰に対してとかではなく感情や想いから解放されたいのだと思う。



自分という殻に閉じ込められている。生きている事がもはや束縛だと言う考え方がある。死んだ時始めて人間は解放されるのだと。



死にたいとは思わないが解放はされたい。肉体がなければ痛みはない。



腕とか足とかフワッとする。貧血気味なのかもしれないし痩せたおかげの軽さかもしれない。もしくは全神経が腹部にあるからかもしれない。



終わったら思いっきりはしゃぎたいし叫びたいし広い場所へ行きたい。