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絡めた小指で誰も知らない約束

ネックレスタイプの遺骨入れが届いた。


尊敬していた祖父が2/13に亡くなり、祖父の遺骨を入れるためにである。身につける事によって何か変わるわけではない。特別な意味がある訳でもない。ただ、何か変わって欲しいと思ってはいる。


終わらせるべきことを終わらせた。終わったから、前に進めるだろうか。進まなければ今の胸の痛みは無駄になるだろう。


笑えない自分が笑える様に。世界が楽しくなる様に。


苦しさ反面、肩の荷が下りた。


苦しい事がつらい訳ではない。楽しくなれる、楽になれる、そんな苦しさもこの世にあるのだ。



幸福の対義語は不幸であってはいけない。幸福の対義語は幸せではない、であるべきだ。


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友人と岩盤浴に行って、友人宅に泊まった。


昔と少しだけ一緒にいるときの雰囲気が変わった気がする。3人でいるときの、女の子と二人でいるときの、雰囲気と。


お互いに妙に離れているのか。お互いに感じてるものがあるのか。


岡崎の時の友達にあった。少しだけ昔に戻りたくなった。岡崎に引っ越した時によく岡崎公園の川沿いで本読んで、タバコ屋で猫を触ってタバコを買って吸った。


1人だった。

でも孤独ではなかった。


集団の中にしか孤独は感じない。


人が増えれば増えるほど孤独を感じる。孤独じゃなくて孤高になりたい。


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こうして終わっていく。

毒は知らないうちに蓄積され、侵食していく。


何もかも終わらせれたらいい。


終わっていくより、意志を持った終わりを作りたい。


本当はあの時死ぬべきだったのではないだろうか。周りを取り巻く人間が増える前に。死ねない理由が出来る前に。それが煩わしい。死にたくなかったのかもしれないけど本当は死にたいのだろう。


消えゆくように死にたい。でも、誰にも知られたくはない。存在を忘れられるように死にたいけど、どうせ生きるなら忘れられない生き方をしたい。


矛盾の世に果てを見たい。

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夢をよく見る。そして記憶している。

 

 

印象に残っているのは、螺旋階段の夢。夕暮れの森の中にある螺旋階段だった。

幼稚園や小中の知人たちが緩やかに、登り降りをしている。私はその中で走って登っていた。

目の前にはずっと憧れ、なりたいと思っていた女の子がいた。

 

特別仲が良かった訳ではない。グループも違った。クラスが同じ事以外に接点のない女の子だった。

 

とても綺麗な容姿を持っていた。性格がはっきりしていて口が悪かった。とても頭が良く回転も早くて、口喧嘩で彼女の右に出る者はいなかった。運動も頭脳も平均以上、絶対音感を持っていて音楽もうまかった。当人の悩みが「なんでも上手く出来すぎて努力する苦しみを知らないこと」だった。

でもとても努力をする人だった。他の人の倍努力をしている人だった。恐らく世間一般的な努力を努力と思っていない人なんだろう。

 

口は悪いけど、同情とは違う優しさを持っていた。余り話したことはなかったけれど、居心地のいい人だった。

 

 

そんな女の子を螺旋階段でひたすら追いかけた。決して追いつく事はなかった。

 

頂上に到達したときに彼女はいなかった。捕まえるもののなかった私は螺旋階段の頂上からふわりと、砂の地面に落ちた。

 

きっと彼女にもう出会うことはない。そして追いつく事もない。恐らくもう違う道を進んでいると知っているから。

 

 

今日はその人にどこか似ている女性と遊んだ。

 

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今日が人生の中でも、ターニングポイントであればいいなと思っている。

 

久し振りに恋人に会った。試験が終わって、会いに来てくれた。自信がない、そういったら、そんなもんだよね~って言った。どうなるかは結果見てから今後考える、そういったら、そりゃそうだ。って言った。

 

その気軽さが救いだった。もし、同情して慰められても、咎められても、きっとつらかった。あの人は手を差し伸べることはない。差し伸べることはないけど前を振り向かせてくれる。だって前を向かなければ、あの人は先へ進んでしまうから。

 

何度死のうとした時も、結局はあの人に救われてきた。まったく手を差し伸べることはなく、同情する事もなく、立ち上がらせた。

 

痛みや悲しみに効くのは、優しさだとは限らない。

 

厳しさとも違う。側に居るけど干渉はせずに先に進んでいく。背中だけを見せていく。

父親の背中を見るのは私は嫌いだったけど、親の背中を見て子は育つような、たぶん私にとってあの人が親なのかもしれない。

 

あぁ、そうか。心底、愛していると自覚した。

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疲れたのだろうか。

正直疲れたかどうかもあまり分からない。楽しくはないのは事実。

明日になっても明後日になっても変わりはしない。

言い訳ばかりを考える。私は嘘をつきすぎている。

塩パン食べたい。 

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本当は日付が変わってから書くのだが、訳あって本日中に投稿。

 

ふと気付いた。このブログはかなり自己満足で書いているが、あくまでも見られるものとして記入していると。感情の中でもわかり易い部分を書いている。

別で毎日つけている日記がある。こちらはもっと複雑な部分が書いてある。人様に見せれないような事も書いてある。誰にだっていくつもの顔がある。その一つが、毎日つけている日記だ。露呈する事のない感情。今、私の取り巻く環境は大きく歪んでいる。

 

友人が言っていた。

「彼女がほしいのではない。彼氏になりたいんだ」

それはある特定的な人物へ向けた言葉で、恋人も結婚も特定的なものなのだと。

 

明日はきっと私は絶望する。いつもならすぐに過ぎ去る時間がやたら長く感じて胃が痛くなるんだろう。何度同じことを繰り返し嘘をつき続けてきたんだろう。誰も私の本音は知らない。

 

いくつもの顔があるように、誰にも言えない事柄もある。代わりに嘘をついた。

 

誰かに見とがめられたくもない。同情もされたくない。だから自分で、嘘を事実にするしかない。だけど、それが無理なら、、、、